運動による筋肉肥大を促進する成長因子IGF-1

 

 運動すると筋肉が肥大する。運動の刺激により体内で何らかの物質が増加し、その物質が筋肉細胞を刺激して筋肉蛋白量を増やすからである。“その物質”が何であるかについては昔から関心を集め、いくつかの物質が候補にあげられ研究されてきた。これまでの研究の歴史をたどってみたい。

 

1.テストステロン(男性ホルモン)および成長ホルモン

 19世紀半ばに成長に伴い筋肉を肥大させるホルモンとしてテストステロンや成長ホルモンが発見された。運動により血中テストステロン濃度が高まることや、運動後の回復期に成長ホルモンが分泌されるなどの観察から、当初は運動による筋肥大にもこれらのホルモンが強く関与すると期待された。

 

 ところが、テストステロンや成長ホルモンを分泌できない状態にした動物でも運動負荷により筋肉が肥大することが報告され、現在ではテストステロンや成長ホルモンは成長に伴う筋肉肥大には重要であっても、運動による骨格筋の肥大には必須ではないと考えられている。

 

2.インスリン

運動後に蛋白質やアミノ酸とともに糖分を摂取することが骨格筋肥大に効果的とされる。これは、糖を摂取することにより分泌されるインスリンが筋肉での蛋白合成を促進する作用も有するためである。この事実から、骨格筋肥大をもたらす候補としてインスリンが浮上した。

 

しかし、インスリン分泌を阻害した動物でも運動負荷すると筋肉肥大が観察されること、運動により血中インスリン濃度は上昇しない(逆に低下する)事実から、インスリンも運動による筋肉肥大に関与しないと考えられている。

 

3.成長因子(IGF-1FGF

1950代に細胞の代謝や増殖を促進するホルモン以外の物質が発見され、主に細胞増殖を刺激することから成長因子と命名された。筋肉細胞の蛋白合成を促進する成長因子についても探索が進められた。筋肉細胞自身は増殖しないので、運動による筋肉肥大は筋肉細胞の蛋白合成が亢進して筋繊維が太くなる結果、筋肉肥大が生じるからである。

 

その結果、筋肉の収縮それ自体が刺激となって、筋肉細胞自身がインスリン様成長因子-1IGF-1)と線維芽細胞成長因子(FGF)などを分泌し、近傍の筋肉細胞に作用して蛋白合成量を増やすことが発見された。これら成長因子のうち、中心的な役割を果たすのがIGF-1である。

 

動物実験においても、ラットに運動を負荷すると筋肉重量や筋繊維の太さが増すが、その際、筋肉のIGF-1発現が増加することが観察された。また、IGF-1を筋肉に直接注入すると筋肉の蛋白質とDNA量が増加することから、IGF-1単独でも蛋白質の合成を促すと考えられた。

 

筋肉蛋白合成促進作用に加えて、衛星細胞(筋肉のもとになる細胞)の増殖・分化促進作用などの様々な機能を有することが解明され、IGF-1は運動後の筋肉肥大の関与物質の最有力候補として注目されている。

 

 

(参考文献)

運動による骨格筋の肥大機構の文献的研究

山田茂ら(実践女子大学 生活科学部紀要 49191-2022012

 

知らないうちに栄養不足? もう少し蛋白質摂取量を増やそう(3)

 筋肉の量を決める要因として忘れがちなのが、食事からの蛋白質の摂取量だ。筋肉=肉(蛋白質)なので、いくら運動をしても蛋白質を十分に摂取していなければ筋肉は増えない。毎日の食事でどのくらいのたんぱく質を摂れば筋肉減少の予防に十分なのだろうか?

 

Curr Opin Clin Nutr Metab Care 12, 86-90, 2009

Dietary protein recommendations and the prevention of sarcopenia

 

3.蛋白質は三度の食事ごとに均等に摂るべし

 

私たちの通常の食事は、朝昼を簡単に済まして、夕食に副食(肉類)をたくさん食べるケースが多い。筋肉量維持の観点からみるて効率的な食べ方と言えるのだろうか。

 

340gの赤身牛肉(蛋白質90g、米国の試験なので体重75kgで計算している。体重60kgの人に換算すると蛋白質72g)を摂取したのちの蛋白合成量の増加の程度を測定したところ、その1/3量(体重60kgの人に換算すると蛋白質24g)を摂取した時と同程度であったことから、一度にある程度以上の蛋白質を摂取しても効果が増えない結果であった。

 

 別の試験でも、健康な高齢者が高たんぱく食を10日間続けても筋肉蛋白合成が普通食摂取以上には増加せず、同様の結果が得られている。

 

 筋肉蛋白質合成の増加には限度があるので、一度に蛋白質をたくさん摂っても意味がない。同じに摂取するなら、食事ごとに同じ量の蛋白質を、より望ましくは運動後にとる(運動によりインスリン抵抗性が解除されるので)のが良い結果が得られている。

 

4.運動とプロテイン摂取の併用は効果的か?

 

 高齢者においても重量負荷運動の有効性は認められている。しかし、若年者とは異なり、高齢者における重量負荷運動とプロテイン摂取併用の効果は明確でない。とくに急性疾患や筋肉量が低下した高齢者での効果は不明確である。

 

 蛋白質摂取量を10.9gおよび1.2/kg体重の2群に分けて12週間重量負荷運動を施したところ、筋力増加、脂肪量減少などは観察されたが、蛋白摂取量が違っても効果の違いは認められなかった。

 

 また、運動後に蛋白質を0.72gおよび1.53g/kg体重摂取させる試験でも、蛋白摂取量の違っても筋肉増加量は同程度であった。

 

 運動すると筋肉での蛋白合成が増えるので、運動後に蛋白質を多量に摂るのが有効のような気がするが、高齢者では運動後においても筋蛋白合成量には上限があって、一定量以上の蛋白質を一度に摂取してもその上限以上には増えないようである。

 

知らないうちに栄養不足? もう少し蛋白質摂取量を増やそう(2)

 

 筋肉の量を決める要因として忘れがちなのが、食事からの蛋白質の摂取量だ。筋肉=肉(蛋白質)なので、いくら運動をしても蛋白質を十分に摂取していなければ筋肉は増えない。しかし、多くの高齢者は必要量を摂っていないと聞く。毎日の食事でどのくらいのたんぱく質を摂れば筋肉減少の予防に十分なのだろうか

 

Curr Opin Clin Nutr Metab Care 12, 86-90, 2009

Dietary protein recommendations and the prevention of sarcopenia

 

2.高齢者の蛋白摂取推奨量は増やすべきか?

 

 蛋白摂取推奨量は、若年成人を対象とした短期間の研究結果をもとに体重1kgあたり10.8gと定められた。この推奨量では高齢者の筋肉減少症予防には不十分とする研究結果もあり、議論されている。

 

参考になる研究としては、米国で行われたHealth ABC研究(Am J Clin Nutr 87, 150, 2008)がある。この研究では、70歳代の男女2732名を3年間追跡し、蛋白質摂取量と除脂肪体重(脂肪組織以外の重さを意味し、筋肉重量の指標に用いられている)の関連を調べた。

 

蛋白質のうち植物性蛋白質の摂取量の違いは、除脂肪体重の減少にあまり影響しなかった。

一方、動物性蛋白質摂取量が多いほど除脂肪体重の減少が少ないことが観察され、1日約0.4g/kg体重の人達の除脂肪体重の減少量は3年間で約0.9kgだったのに対し、1日約0.8g/kg体重の人達は約0.5kg減少にとどまった。

 

筋肉蛋白合成促進の観点からは、必須アミノ酸のバランスが悪い植物性蛋白質はそれほど重要ではなく、必須アミノ酸のバランスが良い動物性蛋白質の摂取量を重要視したほうが良い。

Health ABC試験結果で最も動物性蛋白質摂取が多かった人たちと同レベルに動物性蛋白質を10.8g/kg 体重摂るとすると、体重60kgの人の場合は148gなので、食事ごとに蛋白質16g(生の魚や肉として約80g、焼き魚や焼き肉として約64g)を摂るのが一番望ましい。

 

平成26年国民栄養調査結果(抜粋)を下の表に示した。20歳以上の各年代で平均蛋白摂取量はあまり変わらないのがわかる。18歳以上の人の1日当たりの推奨蛋白摂取量は男性60g、女性50gなので、大部分の人は推奨量を満たしており、一般に言われている「高齢者は蛋白摂取が少ない」ということは無さそうだ。

 

ただ、推奨蛋白摂取量に達しない人も一定の割合でいるので、このような高齢者の方が障害を発生しやすい可能性はある。

             
  平成26年国民栄養調査における蛋白質摂取量の平均値(抜粋)  
    年齢(歳) 蛋白質摂取量(g/日) うち動物性蛋白質(g/日)    
       
    30-39 65.9 35.7    
    60-69 72.7 38.2    
    70以上 66.4 34.3    
             

 ところで、何事にも反証があるもので、肉・魚類の摂取量が少ないはずの僧侶は昔から健康で長生きとされている。その理由は様々に考察されているが、僧侶の生活様式(歩く、声を出す、ストレスが少ない?)は、蛋白摂取量の多少が問題にならないほどに長寿にふさわしいということのようである。

 

 ここで取り上げた蛋白摂取量も、万人向けというわけではなく、普通の生活をしている人達のための基準ということになるのだろうか。

 

 

知らないうちに栄養不足? もう少し蛋白質摂取量を増やそう(1)

 

 筋肉の量を決める要因として忘れがちなのが、食事からの蛋白質の摂取量だ。筋肉=肉(蛋白質)なので、いくら運動をしても蛋白質を十分に摂取していなければ筋肉は増えない。しかし、多くの高齢者は必要量を摂っていないと聞く。毎日の食事でどのくらいのたんぱく質を摂れば筋肉減少の予防に十分なのだろうか

 

Curr Opin Clin Nutr Metab Care 12, 86-90, 2009

Dietary protein recommendations and the prevention of sarcopenia

 

1.若年者と高齢者が同じ食事をしたとき、筋蛋白合成量も同じか?

 

 高齢になると基礎代謝などが低下してくるし、筋肉量も減ってくるので、筋蛋白合成量も減ってくるようなイメージがある。だが、意外なことに蛋白質を摂取後の筋蛋白合成量は若年者と高齢者で変わらないという研究結果が多い。

 

 一方で、蛋白質と糖類を一緒に摂取した場合では若年者に比べて高齢者の筋蛋白合成量は低下することが知られている。

 

糖類を摂取するとインスリンが分泌されて血糖値を下げるだけでなく、筋肉に作用して筋蛋白合成も刺激する。しかし、高齢者ではインスリンに対する感受性が低下するようになり、インスリンの効果が弱まっていることが原因と考えられる。

 

 それでは、高齢者のインスリン感受性低下を改善する方法はないだろうか?

 高齢者に45分間散歩させたところインスリン感受性が上がり、蛋白質+糖類摂取による筋蛋白合成量が若年者と同程度まで回復したとの報告があることから、運動するなど身体活動量を高めることにより筋肉のインスリン感受性を高めることは、食事摂取後の筋蛋白合成に重要である。

 

以上をまとめると、筋蛋白合成能力自体は高齢になっても低下しないのだが、インスリン抵抗性を示すようになるとその分だけ刺激を受けにくくなって、食後の筋蛋白合成量は若年者に比べて低下する(蛋白質のもととなるアミノ酸の血中濃度が高い食後は、筋蛋白合成にとって重要な時間帯である)。食事の前に運動するなど体を動かせばインスリン感受性が増して、若年者と同程度にまで回復できることが示されている。

 

アメリカスポーツ医学会によるロコモ予防のための運動指針 -どの程度激しい運動をすれば良い?

 ロコモ予防のためには適度な運動することが推奨されている。 

ところが、どの程度の運動を、どのような頻度で行えば“適度な運動”といえるのだろうか。また、心臓病、骨粗鬆症関節症などの持病があるために十分に運動できない場合は、運動量をどの程度に減らすべきだろうか。この肝心な点について触れていない指針が多いような気がする。

 

アメリカスポーツ医学会(ASCM)とアメリカ心臓学会(AHA)は合同で高齢者に対する指針を出していて、十分に運動ができないような持病を持つ高齢者の運動量の目安についても提言している。

 

Circulation 116, 1094-1105, 2007

Physical activity and public health in older adults

 

 この指針は65歳以上の全ての成人と50-64歳の臨床上明らかな(適切な診療・治療を受けている又は受ける必要がある)慢性疾患または身体活動に制限のある成人に適用される。

 

 運動は有酸素運動、筋力強化運動、柔軟運動、バランス運動の4種類があり、各々の運動についての指針が作成されている。

 

このうち有酸素運動と筋力強化運動については健康維持に有効であるとの研究結果が出されている。一方、柔軟運動とバランス運動も直感的には身体動作に効果がありそうだが、まだ研究が少なく、怪我や転倒防止の効果があるかは確実な証明がなされていない。

 

この指針での運動の強度は次のようになる。

 ・「中等度の運動」 - 心拍数や呼吸数の増加が認識できるような運動。

 ・「激しい運動」 - 100%全力を尽くすほどではないが、心拍数や呼吸数が大きく増加するような運動。

 

 この指針での運動強度は運動の絶対量ではなくて、個人に身体にかかる負担(心拍数や呼吸数の変化)を基準にして決めるので、同じ量の運動でも個人の体力レベルに応じて運動強度は異なる。例えば、「中等度の運動」はある人にとってはゆっくり歩くことであるし、別の人にとっては早歩きが該当する。

 

 運動は中等度の運動で十分なので、自分の体力レベルに合わせて、心拍数や呼吸数が増えると感じる程度の運動を所定時間すればよい。激しい運動は運動能力が高い、一部の高齢者のみが対象となる。

 

1.有酸素運動

 有酸素運動とは、腕・足・上半身などの大きな筋肉を一定のリズムで、ある程度長時間動かす運動で、歩行、自転車、水泳などが該当する。

 

 健康維持のために、中高年では中等度の運動を最低限130分、週5日、または激しい運動を120分間週3日行う。

 

 これらの運動は、日常生活に伴う軽作業(料理や買い物など)や10分以内の中等度の活動(家の周りの散歩など)に追加して行う。

 

2.筋力強化運動

筋力強化運動は、重りなどの重量やバネ・ゴムなどの抵抗を負荷して行う運動が該当する。

 筋力及び持久力を維持、向上させる運動を一週間に2日以上行う。

 

筋力を最大限に増やすためには、大きな筋肉に対して10-15回繰り返せるように重さを負荷して8-10回の運動を繰り返す。この運動を週2日以上おこなう。運動をする日は連続せずに、1日以上間隔をあける。

 疾患などの問題がなければ、運動量を増やすことに問題はない。

 

3.柔軟運動

 有酸素運動や筋力強化運動とは違い、柔軟運動が健康に有用であると未だ証明されていない。さらに運動による怪我を防止するかについても確定的でない。しかしながら、日常の身体活動に必要な可動域を維持するのに柔軟運動が推奨されている。

 

各々の大きな筋肉や腱に対して10-30秒間のストレッチを3-4回繰り返すとして、約10分間以上の柔軟運動をすることが勧められる。 

有酸素運動や筋力強化運動をする日は常に柔軟運動をすることが望ましい。

 

4.バランス運動

 何らかの運動するだけでも転倒リスクを35-42%減らすことができるが、歩行障害などの転倒リスクを有する場合は、体勢バランスを保つ運動を行う。

 

 週3回のバランス運動が転倒事故を減らしたという一連の4つの転倒防止試験が報告されているが、バランス運動に関する研究がまだ少なく、好ましいバランス運動の種類、時間、頻度などは明記されていない。

 

 

 この指針を読むと、散歩程度の軽い運動でも十分であり、筋力維持を目的にするならば激しい運動は必要ないことがわかる。もう少し体力をつけたいと思う人は、自分の体調に応じて少し激しいと自覚している運動を加えればよい。また、これまで運動してこなかった人が新たに始める場合は運動量を少なくして開始し、各人の体力や体の状態に合わせて徐々に増やしてゆくのが良い。

 

ただ、この指針に適うためには、適度な有酸素運動なら130分を週5日が勧められているので、感覚的にはほぼ毎日運動する必要がある。つい忘れて三日坊主になってしまいがちなので、運動を実施するに当たっては、どのタイプの運動をいつ、どれだけやるかを書いた計画を作ることを指針では勧めている。

 

運動による筋肉肥大を促進する成長因子IGF-1

 

 運動すると筋肉が肥大する。運動の刺激により体内で何らかの物質が増加し、その物質が筋肉細胞を刺激して筋肉蛋白量を増やすからである。“その物質”が何であるかについては昔から関心を集め、いくつかの物質が候補にあげられ研究されてきた。これまでの研究の歴史をたどってみたい。

 

1.テストステロン(男性ホルモン)および成長ホルモン

 19世紀半ばに成長に伴い筋肉を肥大させるホルモンとしてテストステロンや成長ホルモンが発見された。運動により血中テストステロン濃度が高まることや、運動後の回復期に成長ホルモンが分泌されるなどの観察から、当初は運動による筋肥大にもこれらのホルモンが強く関与すると期待された。

 

 ところが、テストステロンや成長ホルモンを分泌できない状態にした動物でも運動負荷により筋肉が肥大することが報告され、現在ではテストステロンや成長ホルモンは成長に伴う筋肉肥大には重要であっても、運動による骨格筋の肥大には必須ではないと考えられている。

 

2.インスリン

運動後に蛋白質やアミノ酸とともに糖分を摂取することが骨格筋肥大に効果的とされる。これは、糖を摂取することにより分泌されるインスリンが筋肉での蛋白合成を促進する作用も有するためである。この事実から、骨格筋肥大をもたらす候補としてインスリンが浮上した。

 

しかし、インスリン分泌を阻害した動物でも運動負荷すると筋肉肥大が観察されること、運動により血中インスリン濃度は上昇しない(逆に低下する)事実から、インスリンも運動による筋肉肥大に関与しないと考えられている。

 

3.成長因子(IGF-1FGF

1950代に細胞の代謝や増殖を促進するホルモン以外の物質が発見され、主に細胞増殖を刺激することから成長因子と命名された。筋肉細胞の蛋白合成を促進する成長因子についても探索が進められた。筋肉細胞自身は増殖しないので、運動による筋肉肥大は筋肉細胞の蛋白合成が亢進して筋繊維が太くなる結果、筋肉肥大が生じるからである。

 

その結果、筋肉の収縮それ自体が刺激となって、筋肉細胞自身がインスリン様成長因子-1IGF-1)と線維芽細胞成長因子(FGF)などを分泌し、近傍の筋肉細胞に作用して蛋白合成量を増やすことが発見された。これら成長因子のうち、中心的な役割を果たすのがIGF-1である。

 

動物実験においても、ラットに運動を負荷すると筋肉重量や筋繊維の太さが増すが、その際、筋肉のIGF-1発現が増加することが観察された。また、IGF-1を筋肉に直接注入すると筋肉の蛋白質とDNA量が増加することから、IGF-1単独でも蛋白質の合成を促すと考えられた。

 

筋肉蛋白合成促進作用に加えて、衛星細胞(筋肉のもとになる細胞)の増殖・分化促進作用などの様々な機能を有することが解明され、IGF-1は運動後の筋肉肥大の関与物質の最有力候補として注目されている。

 

 

(参考文献)

運動による骨格筋の肥大機構の文献的研究

山田茂ら(実践女子大学 生活科学部紀要 49191-2022012

 

知らないうちに栄養不足? もう少し蛋白質摂取量を増やそう(3)

 筋肉の量を決める要因として忘れがちなのが、食事からの蛋白質の摂取量だ。筋肉=肉(蛋白質)なので、いくら運動をしても蛋白質を十分に摂取していなければ筋肉は増えない。毎日の食事でどのくらいのたんぱく質を摂れば筋肉減少の予防に十分なのだろうか?

 

Curr Opin Clin Nutr Metab Care 12, 86-90, 2009

Dietary protein recommendations and the prevention of sarcopenia

 

3.蛋白質は三度の食事ごとに均等に摂るべし

 

私たちの通常の食事は、朝昼を簡単に済まして、夕食に副食(肉類)をたくさん食べるケースが多い。筋肉量維持の観点からみるて効率的な食べ方と言えるのだろうか。

 

340gの赤身牛肉(蛋白質90g、米国の試験なので体重75kgで計算している。体重60kgの人に換算すると蛋白質72g)を摂取したのちの蛋白合成量の増加の程度を測定したところ、その1/3量(体重60kgの人に換算すると蛋白質24g)を摂取した時と同程度であったことから、一度にある程度以上の蛋白質を摂取しても効果が増えない結果であった。

 

 別の試験でも、健康な高齢者が高たんぱく食を10日間続けても筋肉蛋白合成が普通食摂取以上には増加せず、同様の結果が得られている。

 

 筋肉蛋白質合成の増加には限度があるので、一度に蛋白質をたくさん摂っても意味がない。同じに摂取するなら、食事ごとに同じ量の蛋白質を、より望ましくは運動後にとる(運動によりインスリン抵抗性が解除されるので)のが良い結果が得られている。

 

4.運動とプロテイン摂取の併用は効果的か?

 

 高齢者においても重量負荷運動の有効性は認められている。しかし、若年者とは異なり、高齢者における重量負荷運動とプロテイン摂取併用の効果は明確でない。とくに急性疾患や筋肉量が低下した高齢者での効果は不明確である。

 

 蛋白質摂取量を10.9gおよび1.2/kg体重の2群に分けて12週間重量負荷運動を施したところ、筋力増加、脂肪量減少などは観察されたが、蛋白摂取量が違っても効果の違いは認められなかった。

 

 また、運動後に蛋白質を0.72gおよび1.53g/kg体重摂取させる試験でも、蛋白摂取量の違っても筋肉増加量は同程度であった。

 

 運動すると筋肉での蛋白合成が増えるので、運動後に蛋白質を多量に摂るのが有効のような気がするが、高齢者では運動後においても筋蛋白合成量には上限があって、一定量以上の蛋白質を一度に摂取してもその上限以上には増えないようである。

 

知らないうちに栄養不足? もう少し蛋白質摂取量を増やそう(2)

 

 筋肉の量を決める要因として忘れがちなのが、食事からの蛋白質の摂取量だ。筋肉=肉(蛋白質)なので、いくら運動をしても蛋白質を十分に摂取していなければ筋肉は増えない。しかし、多くの高齢者は必要量を摂っていないと聞く。毎日の食事でどのくらいのたんぱく質を摂れば筋肉減少の予防に十分なのだろうか

 

Curr Opin Clin Nutr Metab Care 12, 86-90, 2009

Dietary protein recommendations and the prevention of sarcopenia

 

2.高齢者の蛋白摂取推奨量は増やすべきか?

 

 蛋白摂取推奨量は、若年成人を対象とした短期間の研究結果をもとに体重1kgあたり10.8gと定められた。この推奨量では高齢者の筋肉減少症予防には不十分とする研究結果もあり、議論されている。

 

参考になる研究としては、米国で行われたHealth ABC研究(Am J Clin Nutr 87, 150, 2008)がある。この研究では、70歳代の男女2732名を3年間追跡し、蛋白質摂取量と除脂肪体重(脂肪組織以外の重さを意味し、筋肉重量の指標に用いられている)の関連を調べた。

 

蛋白質のうち植物性蛋白質の摂取量の違いは、除脂肪体重の減少にあまり影響しなかった。

一方、動物性蛋白質摂取量が多いほど除脂肪体重の減少が少ないことが観察され、1日約0.4g/kg体重の人達の除脂肪体重の減少量は3年間で約0.9kgだったのに対し、1日約0.8g/kg体重の人達は約0.5kg減少にとどまった。

 

筋肉蛋白合成促進の観点からは、必須アミノ酸のバランスが悪い植物性蛋白質はそれほど重要ではなく、必須アミノ酸のバランスが良い動物性蛋白質の摂取量を重要視したほうが良い。

Health ABC試験結果で最も動物性蛋白質摂取が多かった人たちと同レベルに動物性蛋白質を10.8g/kg 体重摂るとすると、体重60kgの人の場合は148gなので、食事ごとに蛋白質16g(生の魚や肉として約80g、焼き魚や焼き肉として約64g)を摂るのが一番望ましい。

 

平成26年国民栄養調査結果(抜粋)を下の表に示した。20歳以上の各年代で平均蛋白摂取量はあまり変わらないのがわかる。18歳以上の人の1日当たりの推奨蛋白摂取量は男性60g、女性50gなので、大部分の人は推奨量を満たしており、一般に言われている「高齢者は蛋白摂取が少ない」ということは無さそうだ。

 

ただ、推奨蛋白摂取量に達しない人も一定の割合でいるので、このような高齢者の方が障害を発生しやすい可能性はある。

             
  平成26年国民栄養調査における蛋白質摂取量の平均値(抜粋)  
    年齢(歳) 蛋白質摂取量(g/日) うち動物性蛋白質(g/日)    
       
    30-39 65.9 35.7    
    60-69 72.7 38.2    
    70以上 66.4 34.3    
             

 ところで、何事にも反証があるもので、肉・魚類の摂取量が少ないはずの僧侶は昔から健康で長生きとされている。その理由は様々に考察されているが、僧侶の生活様式(歩く、声を出す、ストレスが少ない?)は、蛋白摂取量の多少が問題にならないほどに長寿にふさわしいということのようである。

 

 ここで取り上げた蛋白摂取量も、万人向けというわけではなく、普通の生活をしている人達のための基準ということになるのだろうか。

 

 

知らないうちに栄養不足? もう少し蛋白質摂取量を増やそう(1)

 

 筋肉の量を決める要因として忘れがちなのが、食事からの蛋白質の摂取量だ。筋肉=肉(蛋白質)なので、いくら運動をしても蛋白質を十分に摂取していなければ筋肉は増えない。しかし、多くの高齢者は必要量を摂っていないと聞く。毎日の食事でどのくらいのたんぱく質を摂れば筋肉減少の予防に十分なのだろうか

 

Curr Opin Clin Nutr Metab Care 12, 86-90, 2009

Dietary protein recommendations and the prevention of sarcopenia

 

1.若年者と高齢者が同じ食事をしたとき、筋蛋白合成量も同じか?

 

 高齢になると基礎代謝などが低下してくるし、筋肉量も減ってくるので、筋蛋白合成量も減ってくるようなイメージがある。だが、意外なことに蛋白質を摂取後の筋蛋白合成量は若年者と高齢者で変わらないという研究結果が多い。

 

 一方で、蛋白質と糖類を一緒に摂取した場合では若年者に比べて高齢者の筋蛋白合成量は低下することが知られている。

 

糖類を摂取するとインスリンが分泌されて血糖値を下げるだけでなく、筋肉に作用して筋蛋白合成も刺激する。しかし、高齢者ではインスリンに対する感受性が低下するようになり、インスリンの効果が弱まっていることが原因と考えられる。

 

 それでは、高齢者のインスリン感受性低下を改善する方法はないだろうか?

 高齢者に45分間散歩させたところインスリン感受性が上がり、蛋白質+糖類摂取による筋蛋白合成量が若年者と同程度まで回復したとの報告があることから、運動するなど身体活動量を高めることにより筋肉のインスリン感受性を高めることは、食事摂取後の筋蛋白合成に重要である。

 

以上をまとめると、筋蛋白合成能力自体は高齢になっても低下しないのだが、インスリン抵抗性を示すようになるとその分だけ刺激を受けにくくなって、食後の筋蛋白合成量は若年者に比べて低下する(蛋白質のもととなるアミノ酸の血中濃度が高い食後は、筋蛋白合成にとって重要な時間帯である)。食事の前に運動するなど体を動かせばインスリン感受性が増して、若年者と同程度にまで回復できることが示されている。

 

アメリカスポーツ医学会によるロコモ予防のための運動指針 -どの程度激しい運動をすれば良い?

 ロコモ予防のためには適度な運動することが推奨されている。 

ところが、どの程度の運動を、どのような頻度で行えば“適度な運動”といえるのだろうか。また、心臓病、骨粗鬆症関節症などの持病があるために十分に運動できない場合は、運動量をどの程度に減らすべきだろうか。この肝心な点について触れていない指針が多いような気がする。

 

アメリカスポーツ医学会(ASCM)とアメリカ心臓学会(AHA)は合同で高齢者に対する指針を出していて、十分に運動ができないような持病を持つ高齢者の運動量の目安についても提言している。

 

Circulation 116, 1094-1105, 2007

Physical activity and public health in older adults

 

 この指針は65歳以上の全ての成人と50-64歳の臨床上明らかな(適切な診療・治療を受けている又は受ける必要がある)慢性疾患または身体活動に制限のある成人に適用される。

 

 運動は有酸素運動、筋力強化運動、柔軟運動、バランス運動の4種類があり、各々の運動についての指針が作成されている。

 

このうち有酸素運動と筋力強化運動については健康維持に有効であるとの研究結果が出されている。一方、柔軟運動とバランス運動も直感的には身体動作に効果がありそうだが、まだ研究が少なく、怪我や転倒防止の効果があるかは確実な証明がなされていない。

 

この指針での運動の強度は次のようになる。

 ・「中等度の運動」 - 心拍数や呼吸数の増加が認識できるような運動。

 ・「激しい運動」 - 100%全力を尽くすほどではないが、心拍数や呼吸数が大きく増加するような運動。

 

 この指針での運動強度は運動の絶対量ではなくて、個人に身体にかかる負担(心拍数や呼吸数の変化)を基準にして決めるので、同じ量の運動でも個人の体力レベルに応じて運動強度は異なる。例えば、「中等度の運動」はある人にとってはゆっくり歩くことであるし、別の人にとっては早歩きが該当する。

 

 運動は中等度の運動で十分なので、自分の体力レベルに合わせて、心拍数や呼吸数が増えると感じる程度の運動を所定時間すればよい。激しい運動は運動能力が高い、一部の高齢者のみが対象となる。

 

1.有酸素運動

 有酸素運動とは、腕・足・上半身などの大きな筋肉を一定のリズムで、ある程度長時間動かす運動で、歩行、自転車、水泳などが該当する。

 

 健康維持のために、中高年では中等度の運動を最低限130分、週5日、または激しい運動を120分間週3日行う。

 

 これらの運動は、日常生活に伴う軽作業(料理や買い物など)や10分以内の中等度の活動(家の周りの散歩など)に追加して行う。

 

2.筋力強化運動

筋力強化運動は、重りなどの重量やバネ・ゴムなどの抵抗を負荷して行う運動が該当する。

 筋力及び持久力を維持、向上させる運動を一週間に2日以上行う。

 

筋力を最大限に増やすためには、大きな筋肉に対して10-15回繰り返せるように重さを負荷して8-10回の運動を繰り返す。この運動を週2日以上おこなう。運動をする日は連続せずに、1日以上間隔をあける。

 疾患などの問題がなければ、運動量を増やすことに問題はない。

 

3.柔軟運動

 有酸素運動や筋力強化運動とは違い、柔軟運動が健康に有用であると未だ証明されていない。さらに運動による怪我を防止するかについても確定的でない。しかしながら、日常の身体活動に必要な可動域を維持するのに柔軟運動が推奨されている。

 

各々の大きな筋肉や腱に対して10-30秒間のストレッチを3-4回繰り返すとして、約10分間以上の柔軟運動をすることが勧められる。 

有酸素運動や筋力強化運動をする日は常に柔軟運動をすることが望ましい。

 

4.バランス運動

 何らかの運動するだけでも転倒リスクを35-42%減らすことができるが、歩行障害などの転倒リスクを有する場合は、体勢バランスを保つ運動を行う。

 

 週3回のバランス運動が転倒事故を減らしたという一連の4つの転倒防止試験が報告されているが、バランス運動に関する研究がまだ少なく、好ましいバランス運動の種類、時間、頻度などは明記されていない。

 

 

 この指針を読むと、散歩程度の軽い運動でも十分であり、筋力維持を目的にするならば激しい運動は必要ないことがわかる。もう少し体力をつけたいと思う人は、自分の体調に応じて少し激しいと自覚している運動を加えればよい。また、これまで運動してこなかった人が新たに始める場合は運動量を少なくして開始し、各人の体力や体の状態に合わせて徐々に増やしてゆくのが良い。

 

ただ、この指針に適うためには、適度な有酸素運動なら130分を週5日が勧められているので、感覚的にはほぼ毎日運動する必要がある。つい忘れて三日坊主になってしまいがちなので、運動を実施するに当たっては、どのタイプの運動をいつ、どれだけやるかを書いた計画を作ることを指針では勧めている。