運動による筋肉肥大を促進する成長因子IGF-1

 

 運動すると筋肉が肥大する。運動の刺激により体内で何らかの物質が増加し、その物質が筋肉細胞を刺激して筋肉蛋白量を増やすからである。“その物質”が何であるかについては昔から関心を集め、いくつかの物質が候補にあげられ研究されてきた。これまでの研究の歴史をたどってみたい。

 

1.テストステロン(男性ホルモン)および成長ホルモン

 19世紀半ばに成長に伴い筋肉を肥大させるホルモンとしてテストステロンや成長ホルモンが発見された。運動により血中テストステロン濃度が高まることや、運動後の回復期に成長ホルモンが分泌されるなどの観察から、当初は運動による筋肥大にもこれらのホルモンが強く関与すると期待された。

 

 ところが、テストステロンや成長ホルモンを分泌できない状態にした動物でも運動負荷により筋肉が肥大することが報告され、現在ではテストステロンや成長ホルモンは成長に伴う筋肉肥大には重要であっても、運動による骨格筋の肥大には必須ではないと考えられている。

 

2.インスリン

運動後に蛋白質やアミノ酸とともに糖分を摂取することが骨格筋肥大に効果的とされる。これは、糖を摂取することにより分泌されるインスリンが筋肉での蛋白合成を促進する作用も有するためである。この事実から、骨格筋肥大をもたらす候補としてインスリンが浮上した。

 

しかし、インスリン分泌を阻害した動物でも運動負荷すると筋肉肥大が観察されること、運動により血中インスリン濃度は上昇しない(逆に低下する)事実から、インスリンも運動による筋肉肥大に関与しないと考えられている。

 

3.成長因子(IGF-1FGF

1950代に細胞の代謝や増殖を促進するホルモン以外の物質が発見され、主に細胞増殖を刺激することから成長因子と命名された。筋肉細胞の蛋白合成を促進する成長因子についても探索が進められた。筋肉細胞自身は増殖しないので、運動による筋肉肥大は筋肉細胞の蛋白合成が亢進して筋繊維が太くなる結果、筋肉肥大が生じるからである。

 

その結果、筋肉の収縮それ自体が刺激となって、筋肉細胞自身がインスリン様成長因子-1IGF-1)と線維芽細胞成長因子(FGF)などを分泌し、近傍の筋肉細胞に作用して蛋白合成量を増やすことが発見された。これら成長因子のうち、中心的な役割を果たすのがIGF-1である。

 

動物実験においても、ラットに運動を負荷すると筋肉重量や筋繊維の太さが増すが、その際、筋肉のIGF-1発現が増加することが観察された。また、IGF-1を筋肉に直接注入すると筋肉の蛋白質とDNA量が増加することから、IGF-1単独でも蛋白質の合成を促すと考えられた。

 

筋肉蛋白合成促進作用に加えて、衛星細胞(筋肉のもとになる細胞)の増殖・分化促進作用などの様々な機能を有することが解明され、IGF-1は運動後の筋肉肥大の関与物質の最有力候補として注目されている。

 

 

(参考文献)

運動による骨格筋の肥大機構の文献的研究

山田茂ら(実践女子大学 生活科学部紀要 49191-2022012