筋力をつけて長生きしよう

 

運動疫学研究 16, 111-114, 2014

久山町研究

 

 高齢になると少しずつ筋肉が落ちてきて、体が細くなってくる。そうすると元気がなくなったような印象を受けてしまう。一方、筋肉が落ちない人は年をとっても元気に見える。それでは、見た目の印象どおりに、年をとっても筋肉量や筋力を維持できている人は長生きするのだろうか?

 

 高齢者において筋力、歩行速度、椅子からの起立速度、立位バランスなどの身体活動指標は寿命と関連することが示されている。これまでの研究から、筋力のなかでも足の筋力が日常生活障害リスクや寿命と最も密接に関連していると示唆されている。一方、握力計があれば簡単に測定することができる握力は、個人の筋力測定にはもっとも有用な指標となる。そこで、全身の筋力の指標となる握力が40歳以上の中高年者の寿命の指標となり得るかについて、福岡県久山町の住民を対象に調査した。

 

 久山町の住民の年齢構成、職業構成、栄養摂取状況は全国平均にほぼ等しく、日本人の標準サンプルといえる。

 

 1988年に久山町の40歳以上の住民で、脳卒中・虚血性心疾患、癌の既往がない2527名の握力を測定し、男女別・年齢階層別に分け、握力の強い順に1/3ずつ3群に分け、2007年まで19年間の死亡リスクを追跡調査した。

 

 死亡リスクには様々な要因が影響するため、影響因子として年齢、収縮期血圧、降圧薬服用、糖尿病、総コレステロール、BMI、喫煙、飲酒および余暇時の身体活動量で補正後の死亡リスクを下のグラフに示した。一番握力が小さい群のリスクを1とした場合の、中間の握力の群(第2三分位)および強い握力の群(第3三分位)の相対リスク(ハザード比)を表している。

 

 40-64歳および65歳以上のいずれの年齢層でも握力が強いと死亡リスクが減少した。死因別に解析すると、悪性腫瘍以外の循環器疾患、呼吸器疾患(主な原因は気管支肺炎)、その他(主に敗血症)のリスクが有意に低下した。

 

 余暇時の身体活動量で補正後でも、握力が強いと死亡リスクが低下する関係が認められてことから、運動していなくても筋力が強い人は他に病気がなければ長生きする可能性が高いと言えそうだ。また、筋力が強くない人でも運動するなどして筋力を維持するようにすれば死亡リスクを低く抑えられることになる。

  

 握力と死亡とを関連づける要因として、血中のインスリン様成長因子(IGF-1)が介在している可能性が考えられる。IGF-1は筋細胞の増殖・分化を促進し、細胞死を抑制する蛋白として知られていて、握力と血中IGF-1との間に正の相関があることが報告されている。

 

また、IGF-1が高い人では虚血性心疾患の発症や死亡リスクが低いことが示されている。したがって、血中IGF-1濃度が高いと握力が強くなるとともに、死亡リスクが低下する可能性がある。